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ダイハードテイルズ

ニンジャスレイヤー翻訳チームの母体である「ダイハードテイルズ」の公式ページです。「ダイハードテイルズ」は、本兌有と杉ライカを中心とした作家ユニットです。

【ペイルホース死す!】#2

 

1:夢と諍い

陵地帯には既に夜が訪れ、キャプテン・デスとその一行は、穀倉地帯を離れた針葉樹林の付近に寝床を拵えた。キャプテン・デスのテントは闇に溶ける。収納時は握り拳よりも小さいが、ひらけば十二分に快適なテントになる。テントの頂点部にはしもべの甲虫がとまり、寝ずの歩哨となる。他の者は外だ。

テントの中で、少年、即ちキャプテン・デスは、味気ないが栄養バランスの取れた糧食を苦心して食べ終え、ごろりと横になった。風がテントを揺らすたび、外の光景が垣間見える。外の者たちが互いに言葉をかわすことはない。厳しく間隔を取り、寝ているか起きているかもわからぬ状態で休んでいるのだ。

彼らが互いを信頼することは一切無い。寝首をかかれることを警戒しているのだ。少年も同様だった。彼の味方と言い切れるのは、あの甲虫めいた黒いドロイド……ピオという名の機械だけだ。テントの中に吊るされたコートが目に入る。少年は目を逸らした。

ピオはキャプテン・デスに対しては絶対に忠実だ。湯沸かし器や掃除機が悪意を持って持ち主を裏切ることがないのと同じように。ピオの持ち主はキャプテン・デスだ。だがそれは信頼とは異質のものである。

少年は身じろぎする。テント内の気温、湿度は、常に最適だ。彼の人生の中で最も快適……。少年はまどろみ始める。土の下が揺れ始める。錯覚だ。横になるとあの感覚が戻ってくる。幻だ。テントは快適。キャプテン・デスのテントは……。

「そうだろう」低い声。少年は息を呑んだ。吊るしたはずのコートが……いや、コートを着た不吉な男が少年を見下ろしている。長い白髪、光の無い黒い瞳。「してやったりだな、小僧」白髪の男は憎々しげに少年を見下ろした。「さぞかし嬉しかろうよ。思いがけぬ、降って湧いた幸運よな」

少年は跳ね起き、後ずさる。「これは……そんなことは……」「卑しいクズめ!戦場荒らしのハゲタカにも劣る外道!」男は責めた。コートをひるがえす。血みどろの胸元。

「嫌だ! 嫌だ! 嫌だ!」少年は耳を塞ぎ、首を振った。自責の念、罪悪感、焦燥感、極度のストレスが生み出した幻だ。男の叱責の言葉は少年が自ら作り出した幻に過ぎない。今感じている振動が運搬モジュールの記憶を元にした錯覚であるように。「許さぬ」「許して」「ダメだ」「助けて」「呪われよ!」

「ねえさん! ねえさん! 助けて!」少年は泣き叫んだ。白髪の男は笑い出した。ゾッとするような笑いだった。外ではテントの中から聴こえる叫びを聞きつけ、モヒカン男のギャスが片目を開いた。ギャスはテントの上のピオを見た。そして侮蔑に口の端を歪めた。「ガキが騒いでやがるか。ヒヒヒ」

「ゾクゾクしちゃう」ミメエが呟き、己の手首をいきなり切り落とした。切断された左手はクルクル回りながら宙を飛び、ギャスの眼前を脅かすように横切った後、掲げた切断面に再び戻った。「殺して犯すぞ淫売め」「できやしないよ」ミメエはバカにしたように答えた。二人は立ち上がり、得物を構えた。

彼らから離れた地点、切り株の上にうずくまるのはウンブダ。「即ち蘇生に要する祈祷香木の密度は当時非現実的なものと言う他なく、大いなる犠牲、しかれども、おお讃えたまえ讃えたまえ聖なるものなれば我々の……」針葉樹の枝に腕組みして立つのは竜人ザラカ。闇の中、定位置を往復するボゾ。

「私闘はキャプテン・デスにより制裁されます」睨み合うギャスとミメエに言い放ったのはピオだ。無感情であるが、有無を言わさぬ宣言である。「アー?」ギャスが首を曲げてピオを見る。「クソガキはあの調子だ」「ねえさん! ねえさん! 助けて!」「夢か、クスリか、なんだか知らねえがよォ!」

「入眠時幻覚です」「じゃあ始めようよ、ギャス」ミメエが己の首に刃を当てて挑発する。ピオは否定した。「私が彼を覚醒させます」「テメエを今壊しちまえばよォ」ギャスの殺気に反応し、ピオは高く飛び上がった。「必要とあらば瞬時に覚醒させます。そして直ちに制裁が」「……」ギャスは唾を吐き、ごろりと横になった。

2:金星の市

発端は、さほど過去のことではない。

延命された太陽の眩しい日差しの下、色とりどりの宝石めいたバルーンが引っ切り無しに宙に放たれ、空をゆく無数の飛行船は応えるように花びらを地上に降らせ続けている。ひび割れた地面にはそれでもヒースの類が根を下ろし、花々は風を受ける。この市場は金星の主要都市のどこからも距離がある。

つまりこの、荒地の只中、青・白・赤のテントが凝集する地域は、特定の光芒貴族の支配下にはないヘイブンであり、各所に配置された「自由軍」のつたない武力と、諸貴族間のパワーバランスのせめぎ合いによって、違法な取り引きの安全がかろうじて保障されているのだった。

たとえば見よ、今まさに北の方角から領域に至ろうとしているキャラバンを。列を為す巨大な運搬モジュールの周囲を護送するのは正規の光芒同盟軍の戦力では当然ありえず、このキャラバンを所有する後ろ暗い存在が雇い入れている私兵である。運搬モジュールの積み荷は、奴隷だ。

一つのモジュールに千人弱。それが数十機。金星、火星、場合によっては太陽系外の惑星から集められて来た哀れな老若男女だ。気の遠くなるほどの年月を経て知的生命体の交配が進んだことで、たいていの人類は地球人類とさほど変わらぬ外見をしている。特異な者たちは中央の一機に集められている。

キャラバンの主の名は〈蠱惑〉。人身売買のネットワークを築き上げ、巨万の富を得ている妖女だ。火星の大貴族の私生児であると噂され、事実、光芒同盟の追及の手は常に不自然なまでに後手に回る。今回開かれる奴隷市もこれまで同様さしたる妨害の気配もなく、つつがなく進行すると思われた。

……事実はそうではなかった。市場の上空を飛行する数百機の旅客飛行船のひとつ、〈赤い詩〉号、外から見れば穏やかな遊覧の最中。だが、ひとたび閉ざされた機内を見れば、乗客の全てと乗員の九割五分が惨たらしく殺害され、血溜まりの中に放置されていた。十人にも満たぬ凶賊によって。

彼らこそ、無慈悲極まる宇宙冒険者、戦場撹乱者、賞金稼ぎ……破壊と収奪と殺戮に明け暮れる呪われし者ども、すなわち、乳色の髪と光無き目のキャプテン・デス率いる〈青ざめた馬〉であった。

キャプテン・デスの出自は謎めいている。その悪名が銀河に知られる頃には、既に彼は千もの不確かな伝説にまみれていた。

彼は光芒同盟の謎めいた信任を得ていた。そればかりか、上位ネットワークになんらかの権限を保持しているとすら。彼はまず第一に、護送者であった。重死刑、あるいは数千年単位の拷問拘束刑の判決をくだされ、晒し者となる事が定められた凶悪犯達を、彼は引き連れていた。護送だ。

彼は任された凶悪犯達を速やかにガニメデの光芒中央会議議事堂へ送り届けねばならない。だが、「速やかに」の具体的内容は定義されていない。ゆえに彼は大いに「寄り道」をする。任された凶悪犯を手駒に、各地の戦場を渡り歩き、野放しの賞金首を殺害し、光芒同盟の信任を得ない小国を簒奪した。

3:青ざめた馬

そのとき彼が連れていた奴隷犯罪者のうち、たとえば磁力武装のオスロや双頭のキリアン、無痛症のジジなどについては、詳しい出自説明は省くとしよう。この日の戦闘で死んだからだ。

キャプテン・デスのすぐ横に立ち、尊大に殺戮の場を見渡しているザラカは、太陽系外の「竜の巣」の最後の一体だ。生来極めて邪悪な彼らは天災のように恐れられていた。宇宙空間を生身で飛行し、他の星に突入、殺戮の限りを尽くしては、略奪した秘宝や歴史的遺産の数々を彼らの女王に献上してきた。

数年前の殲滅作戦は光芒同盟史に残る大変な戦争となった。ザラカを除いた全ての竜人は殺害され、女王は竜の巣ごと滅ぼされた。その後、このザラカも多大な犠牲と引き換えに捕縛されることとなった。竜人の絶滅を公に祝うべく、公開処刑を待つ。

階段に腰を下ろし、血塗れの指をしゃぶっているのは、〈強い礎〉にかつて所属していたテロリストのミメエだ。戦火に呑まれた地球の小村の出身であり、惨殺された家族の仇をとるべく破壊活動に身を投じたという。しかし〈強い礎〉は直ちに自壊。その後のテロ活動に政治的な一貫性は何一つ無いのだ。

エントランス付近の死体を踏みつけ、行ったり来たりしている3メートルの巨人はボゾ。スラムの猟奇殺人鬼であり、棲家の地下に、数百の犠牲者が保管されていた。大捕り物の末、工場の物理変換炉へ落下。死の瞬間に偶発的に生じた磁気嵐によって彼は死に損ない、不可思議な力を手に入れた。

ウンブダは操縦席を占拠している。暗殺教団の教祖であり、不浄かつ危険なカルトを存続させる為、光芒同盟を莫大な賄賂で手懐けてきた。しかし新任の議長は異常な男だった。彼に教団の歴史ある手管は通じなかった。宇宙意志と接続して得たと嘯くブリンカーの力を持ってしても、逃げきれなかった。

そして、ギャス。生き残りの船員に凄み、指折りの拷問を行っている。彼はケチな恒星間強盗団「鉄の牙」のナンバー2であった。強盗団の名も、犯す悪事も、創意の才に欠ける。盗みも殺しも少しも躊躇せぬ残虐な男ではあるが、その犯罪規模だけならば、重死刑にはとても釣り合わぬ。では、なぜか。……彼はたまたま、皇族を殺した。

キャプテン・デスは彼らに対して愛着も信頼も持っていない。一欠片もである。彼は重犯罪者を使い潰しては、あらたな人員を引っ張ってくる。そうして、次の戦場へ向かう。今回の彼の狙いは?……狙いは〈蠱惑〉であった。

4:〈蠱惑〉

飛行船〈赤い詩〉は不意に船体を傾け、隊列を離れる。加速しながら。

異常を察知した自由軍の対空砲火を受け、飛行船はあちこちから火煙を吐き始める。しかしそうした損傷部は瞬きする間に治癒していく。鋼の繊維がのたうち、塞いでしまう。ボゾが飛行船に同化したからだ。飛行船の狙いはキャラバンの隊列……異形者を満載した中央の運搬モジュールだ。

中央の運搬モジュールは他と構造が異なり、窓を白いヴェールで覆われた瀟洒な小塔が増設されている。そこに〈蠱惑〉が居る。檻の中に捕らわれた者達はこの突入で恐らく殆どが死ぬ。だが、〈蠱惑〉の命を奪うことだけがキャプテン・デスの目的だ。光芒同盟、中央議会の議長直々の暗殺命令であった。

飛行船は小塔を直撃した。筈だった。そこからが奇妙だった。小塔を中心に、透明な球状の障壁があった。それが飛行船を拒んだ。不可視の障壁に触れるそばから、飛行船は、抉れ、削れ、消えていった。やがて〈青ざめた馬〉の構成員はバラバラと地上に降下した。

小塔の窓のヴェールが揺らぎ、幾重にも薄紫の薄布を重ねた退廃的なドレスに身を包んだ女が、破壊のさまを気だるげに見やった。それが〈蠱惑〉だ。傍らには美しい裸の男が数名。そして彼ら奴隷とは別に、護衛が二人いた。一人は恐らく球状バリアを生成した術者。もう一人は……窓から跳び出した。

運搬モジュールの上に着地したキャプテン・デスに追いすがり、ピオは接近する脅威を伝える。無痛症のジジを真っ二つに斬り殺し、空中で軌道を変えて、宙をかけるように近づいてくる女を。キャプテン・デスは二挺拳銃で応戦する。女は刃のかわりに黒い重力場を生やした剣を振るい、弾丸を切り裂く。

双頭のキリアンが主を庇い、立ちはだかる。キャプテン・デスが死ねば、奴隷達には自動的に制裁がくだる。それは死よりも恐ろしい運命なのだ。赤毛の女! 重力場の剣はキリアンの右の頭を刎ねた。キリアンは女の左腕を刎ねた。女は重力場の剣を切断された左腕ごと掴み、キリアンの左の頭を刎ねた。

キャプテン・デスは蹴りを放ち、重力場の剣を遥か下へ弾き飛ばした。二人は狂ったようにもつれ合い、殺しあった。小塔の中では〈蠱惑〉が砂糖菓子を指先でつまみ、微かに笑った。

襲撃の事実、計画の詳細が、まず間違いなく〈蠱惑〉に漏れていた事。待ち構えていた護衛が予想を遥かに超えて強大であった事……〈蠱惑〉の権力では到底用意できぬであろう程に。キャプテン・デスにとってはおよそありえぬ誤算だった。複雑な政治的問題が背後に蠢いていた。

奴隷犯罪者達は各々の手段で船長のもとへ再び集結しようとしていた。だが間に合わなかった。彼らの何人かは目にした。延命された太陽を後ろに、主の心臓が赤毛の女の右手に貫かれる影絵を。キャプテン・デスは転げ落ちた。地面を跳ね、全身の骨を折りながら、別の運搬モジュールにしがみついた。

モジュールに取り付き、這い登り、隔壁を腕力で捻じり切ったキャプテン・デスは、奴隷檻のひとつに踏み入った。少年はそこにいた。他の者は檻の隅に散り、まるでスナネズミの群れのように互いに圧し合い、震えた。少年がそうしなかったのは何故だろう。めぐり合わせ、タイミング、他のなにか。

死に瀕したキャプテン・デスの目に浮かぶ表情は、生への執着、憎しみ、驚愕、困惑。生まれてこの方、名前すら持たされた事のない少年には、あまりにも強烈な一個の生命、それが眼前で今まさに朽ちようとしていた。キャプテン・デスが少年の首を掴んだ。甲虫が二人の周囲を飛び回った。

「ヤメロ!」叫び声が聞こえた。ギャスの声だ。彼はキャプテン・デスが捻じり開けた隔壁から乗り込んできた。何をやめさせようとしたのか、彼自身にもわかるまい。「頭(かしら)が死んだら俺はオシマイだ!どうにかしやがれ!」キャプテン・デスが握力を強めた。少年の目が真っ赤に充血した。

少年は……真っ赤に染まった視界……少年は死ぬつもりはなかった……真っ赤に染まった視界……赤い……赤い! 震える手を動かす、おお……。

5:鍋と粥

覚醒したキャプテン・デスの目に入ってきたのは、テントの天井だった。彼はテントから飛び出した。朝だ。不可思議な、主観の重なりあう夢、その内容を彼ははっきり記憶していた。彼は吐き気を催し、テントの裏で嘔吐した。「大事ありませんね?」ピオが飛び来たり、声をかけた。

「平気だ」キャプテン・デスは振り返り、ピオがブリンクアウトさせた飲料水のボトルを受け取り、口を濯いだ。「夢を見た」「悪い夢ですか」「悪い夢だ」「何をなさっているのです」枯れ木を地面に重ねるキャプテン・デスに、ピオが問うた。「火をつけたい」「……」ピオが小規模の熱線を照射した。

「何やってンだ?頭」ギャスが腹をかきながら身を起こした。彼が目の当たりにしたのは、鍋を火にかけるキャプテン・デスだ。キャプテン・デスは彼を見た。「朝食を……」「アア? 粥? バカみてェにシケた真似してやがる」「麦なら幾らでも手に入る」キャプテン・デスはためらいがちに説明した。

「ペッ」ギャスは草地に唾を吐き、離れていった。ザラカは夜中からずっと枝の上にいる。主の行動を眺めているが、声などかけはしない。ウンブダの姿はない。どこか近くに居る事は確かだ。主を捨てれば、制裁が下る。「うまそうだ」声をかけたのはミメエである。「アタシにもくれないか」

キャプテン・デスは言葉を探した。やがてボゾが往復移動をやめて闇の中から出てきた。興味深げに鍋と粥を見た。キャプテン・デスは頷き、椀に粥をよそった。ひとまず、ボゾと、ミメエと、彼自身の分を。自分が言い出した事でありながら、ミメエは呆気にとられたようだった。ボゾは無表情だった。

#3 に続く

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